

日焼け止めを毎日塗っているのに、30代以降でシワが急に増えたと感じた経験はありませんか。
「ネプリライシン(Neprilysin)」という言葉を聞いても、ピンとこない人がほとんどではないでしょうか。しかし美容の観点から見ると、この酵素は非常に重要な存在です。
ネプリライシンは、体内に広く分布するタンパク質分解酵素(プロテアーゼ)の一種で、皮膚の真皮層に存在する線維芽細胞の細胞膜に発現しています。心臓医学の分野では、BNP(脳性ナトリウム利尿ペプチド)やブラジキニンなどを分解する酵素として長年研究されてきました。つまり、もともとは「心臓・循環器系の酵素」として注目されていたものです。
ところが、近年の皮膚科学研究によって全く異なる顔が明らかになりました。ネプリライシンは「シワを誘発する膜結合型エラスターゼ」として機能することが分かったのです。エラスターゼとは、皮膚の弾力を担うタンパク質「エラスチン」を分解する酵素のこと。ゴムのような伸縮性を持つエラスチン線維は、コラーゲンとともに真皮の3次元ネットワーク構造を維持し、肌のハリと弾力を保っています。
肌への影響はシンプルです。ネプリライシンが増えると、エラスチン線維が切断される。エラスチン線維が失われると、皮膚はゴムが切れたように凹んでしまい、シワとして表面に現れます。
日光ケミカルズ(ニッコールグループ)と宇都宮大学の共同研究によれば、紫外線によって活性化されたネプリライシンが、エラスチンの3次元直線性構造を線維芽細胞の周囲で切断し、皮膚弾力性を低下させることが確認されています(週刊粧業、2021年6月)。
これは検証済みの科学的事実です。
参考になる情報はこちらから確認できます。
【週刊粧業】日光ケミカルズ、水添レチノールに新たな抗シワ効果(ネプリライシン阻害を通じたエラスチン保護の詳細)
「日焼けするとシワが増える」という知識を持つ人は多いですが、その具体的な経路を知っている人は少数です。ネプリライシンを通じたメカニズムを理解することで、日焼け止めの「本当の意味」が変わってきます。
まず、太陽光に含まれるUVB(紫外線B波)が皮膚の表皮細胞(ケラチノサイト)に当たります。すると表皮細胞は炎症性サイトカイン(細胞間の情報伝達物質)の一種、「IL-1α(インターロイキン1アルファ)」を分泌します。このIL-1αが真皮層へ浸透し、線維芽細胞に作用することで、ネプリライシンの産生と活性が大幅に高まります。
2025年2月に株式会社トゥヴェールと宇都宮大学が発表した研究(専門誌『The Journal of Dermatology』掲載)では、このIL-1αからネプリライシン増強までの細胞内シグナル伝達の経路が「ERK/JNK/c-Jun/c-Fos/AP-1カスケード」であることが特定されました。シワ形成の分子レベルの地図が明らかになった、画期的な成果です。
つまり「紫外線→IL-1α分泌→ネプリライシン増加→エラスチン切断→シワ」という連鎖が起きています。一言でまとめると、UVBがシワの引き金を引くということです。
さらに厄介なのは、老化した真皮線維芽細胞そのものも、紫外線とは独立してネプリライシンを豊富に発現するという点です。加齢とともに線維芽細胞が老化するだけでも、ネプリライシン量は自然に増えていきます。年齢を重ねるほどシワが増えやすくなる理由の一つがここにあります。
【PRtimes・トゥヴェール】ネプリライシンのシグナル伝達メカニズム解明に関するプレスリリース(2025年2月)
ネプリライシンが注目されるもう一つの理由が、「ブラジキニン(Bradykinin)」との関わりです。
ブラジキニンはノナペプチド(9個のアミノ酸からなる短鎖ペプチド)で、体内のカリクレイン-キニン系という経路から生成されます。血管内皮細胞に働いて一酸化窒素(NO)の産生を促し、血管を拡張する作用を持ちます。美容の観点から言えば、適度なブラジキニンは血行を促進し、肌細胞への酸素・栄養供給を高める「肌の味方」として機能します。
ここで重要なのは、ネプリライシンはこのブラジキニンを分解する酵素でもあるという点です。心臓医学で「ARNI(アンジオテンシン受容体ネプリライシン阻害薬)」という薬が注目されているのも、ネプリライシンを阻害することでブラジキニンの血管拡張作用を維持するためです。
つまり両者の関係はこうなります。
| 物質 | 皮膚への主な作用 | ネプリライシンとの関係 |
|---|---|---|
| ネプリライシン | エラスチン分解→シワ誘発 | ブラジキニンを分解する側 |
| ブラジキニン | 血管拡張→血行促進・肌の血色向上 | ネプリライシンに分解される側 |
ネプリライシンが増えると、エラスチン分解が進む「だけでなく」、肌の血行を助けるブラジキニンも消費されてしまいます。シワが増えながら同時に肌の血色も低下するという、二重の悪影響が出る可能性があるわけです。
これは意外ですね。
ブラジキニンは「発痛物質」として紹介されることも多く、「痛みの原因物質」というイメージを持つ方もいるかもしれません。しかし実際はもっと複雑な役割を持っています。
ブラジキニンは、血管内皮細胞の受容体(B1受容体・B2受容体)と結合することで、一酸化窒素(NO)の合成酵素を活性化します。NOは血管平滑筋を弛緩させて血管を拡張し、末梢への血流を増加させます。運動中に筋肉から放出されるブラジキニンが、肌の赤みや体温上昇をもたらすのはこのメカニズムです。
美容雑誌などでも紹介される「ゾンビ体操」「有酸素運動で肌ツヤ改善」という効果の背景には、このブラジキニン→NO産生→血管拡張→肌血流改善という経路があります。
運動が肌に良い理由の一部はここにあります。
一方で注意が必要な側面もあります。ブラジキニンが何らかの理由で過剰に蓄積すると、血管透過性が高まりすぎて皮下組織に水分が漏れ出し、浮腫(むくみ)や皮膚の腫れを引き起こすことがあります。遺伝性血管性浮腫(HAE)という疾患はまさにこのブラジキニン蓄積が原因の一つとされています。
また、ACE阻害薬(降圧薬の一種)を服用するとブラジキニンの分解が阻害され、発現率5〜35%という高頻度で空咳が生じることが知られています。この事実はブラジキニンの「両刃の剣」としての性質をよく示しています。肌への適度な血行促進作用は歓迎される一方、過剰蓄積は炎症を引き起こすという点に注意が必要です。
ネプリライシンは常に有害なわけではありません。もともとは心臓を保護するBNPや、血行を助けるブラジキニンを調節するためにも機能している、生体に必要な酵素です。
問題となるのは「過剰発現」した状態です。
ネプリライシンが皮膚で過剰になる主な条件は2つあります。
1つ目は紫外線(特にUVB)への曝露です。前述のIL-1α経路を通じて、紫外線を浴びるたびにネプリライシンの発現が増強されます。日焼けを繰り返してきた肌ほど、ネプリライシンによるエラスチン損傷が蓄積しています。
2つ目は加齢そのものです。老化した真皮線維芽細胞は、特別な刺激がなくてもネプリライシンを多く発現します。また、脳の分野での研究では「加齢とともにネプリライシン活性が海馬や新皮質で低下する」ことが確認されており(アルツハイマー病との関連研究から)、臓器によって加齢影響の出方が異なることも興味深い点です。つまり脳でネプリライシンが減るのと同時に、皮膚ではネプリライシンが増える傾向があります。
この「年を取ると肌のネプリライシンが増える」という事実は、アンチエイジングケアを考える上で非常に重要です。30代後半から急にシワが増えたように感じる方が多いのも、この酵素活性の変化と無関係ではありません。40代以降の肌ケアで、単なる保湿だけでは限界を感じる理由がここにあります。
【筑波大学・分子神経生物学】アルツハイマー病アミロイドβペプチド分解システムとネプリライシン活性の加齢変化について
「光老化(フォトエイジング)」という言葉があります。太陽の紫外線によって引き起こされる皮膚老化のことで、自然老化(内因性老化)と並ぶ肌劣化の2大要因の一つです。専門家の間では「真皮の老化の80%以上は光老化によるもの」とも言われています。
これは大きな数字ですね。
光老化の実態を、ネプリライシンとブラジキニンの観点から整理してみましょう。
まず、紫外線(UVB)が表皮を傷つけ、IL-1αが放出されます。次に、IL-1αが真皮線維芽細胞を刺激し、ネプリライシンが増産されます。増えたネプリライシンがエラスチン線維を切断し、弾力ネットワークが壊れていきます。同時に、増えたネプリライシンがブラジキニンを分解してしまうため、皮膚への血行促進作用が低下します。血行が悪くなると、コラーゲンや栄養を届ける線維芽細胞の活性も下がり、さらにシワ・たるみが進行するという悪循環が生まれます。
このサイクルは、「一度紫外線を浴びれば終わり」ではなく、慢性的に紫外線を浴び続けるほど深刻になります。夏だけでなく年間を通じたUVBケアが重要な理由がここにあります。冬のUVBケアは不要だと思っている人も多いですが、実はそれが大きな損失につながっています。
ネプリライシンとシワの関係が科学的に明らかになったことで、「ネプリライシンを抑制する」という新しいアンチエイジング戦略が美容業界で注目を集め始めています。
日光ケミカルズが研究した「NIKKOL レチノールH100(水添レチノール)」は、この観点から特に注目に値します。通常のレチノール誘導体では確認できなかった「GM-CSF分泌の有意な抑制」と「ネプリライシン発現の有意な抑制」という二重の効果が確認されています(週刊粧業、2021年6月)。
GM-CSFとは、紫外線照射後の表皮細胞が分泌するサイトカインの一種で、ネプリライシンを活性化するシグナルの一つです。これを抑制することで、上流から「シワを作る連鎖」を断ち切ることができます。
結論はシンプルです。
「紫外線ダメージを受けた後の反応を抑える」ことが、将来のシワ予防につながるということです。
また、2025年2月の研究では、IL-1αからネプリライシンを増強するシグナル伝達カスケード(ERK/JNK/c-Jun/c-Fos/AP-1)が特定されたことで、このカスケードを阻害できる天然素材・化学物質のスクリーニングが動物実験不要で行えるようになりました。今後、このシグナルを標的にした新しい抗シワ成分が続々と開発される可能性があります。美容成分の選び方が、この先数年で大きく変わるかもしれません。
ブラジキニンはネガティブな側面だけでなく、肌への血行促進という点で重要な美容物質でもあります。この側面を上手に活用することが、インナーケアの観点から非常に効果的です。
運動をすると骨格筋から大量のブラジキニンが放出されます。このブラジキニンが血管内皮細胞の受容体に結合し、一酸化窒素(NO)の産生を促します。NOは血管を広げ、末梢(皮膚を含む)への血流を増やします。血流が増えることで、肌細胞へ酸素と栄養素が届きやすくなり、コラーゲンや線維芽細胞が活性化します。
注目したいのは、有酸素運動の種類です。マキアなどのメディアでも紹介されている「ゾンビ体操(体をリラックスさせながら歩く有酸素運動)」は、ブラジキニンの放出を促しながら過剰な炎症反応を引き起こしにくいとされています。激しすぎる無酸素運動より、ウォーキングや軽いジョギングなどの有酸素運動が「ブラジキニンを通じた血管美容」に向いています。
週3〜4回、30分程度の有酸素運動を習慣にするだけで、ブラジキニンを通じた血行促進が期待できます。
これは使えそうです。
日常のスキンケアで実践できるネプリライシン対策として、現時点で最も科学的根拠が厚いのは「水添レチノール配合アイテムの活用」です。
水添レチノール(ビタミンA誘導体)は、通常のレチノールを水素添加して安定性を高めた成分で、コラーゲン産生促進・ヒアルロン酸合成促進という従来の抗老化作用に加えて、ネプリライシン発現を抑制するという独自のメカニズムが確認されています。厚生労働省が認可した医薬部外品の「シワ改善有効成分」であるレチノール・ナイアシンアミド・ニールワンとも組み合わせやすく、幅広いスキンケアルーティンに組み込みやすいのが利点です。
また、ネプリライシンのシグナル伝達経路(ERK/JNK/AP-1)に対する阻害効果が確認されている天然素材も複数あります。抗酸化作用のあるポリフェノール類(緑茶カテキン、レスベラトロールなど)は、このカスケードを抑制することが細胞実験レベルで報告されています。ポリフェノールを多く含む食品・サプリを日常に取り入れることで、内側からのケアも期待できます。
さらに基本として忘れてはならないのがUVBカットです。SPF値は「UVBをどれだけカットするか」の指標で、ネプリライシン増加の最大の引き金であるIL-1α分泌を根本から防ぐ方法です。美容において紫外線対策が最重要なのは、単に「シミを防ぐ」ためだけでなく、ネプリライシンを増やさないためでもあります。
UVBケアが基本です。
ここからは、一般的な美容記事ではほとんど触れられない視点をご紹介します。
ネプリライシンが最初に研究者の注目を集めたのは、実はアルツハイマー病の研究においてでした。理化学研究所の研究によって、ネプリライシンが脳内でアミロイドβ(アルツハイマー病の原因物質とされる老廃タンパク質)を分解する主要な酵素であることが特定されています。加齢とともに脳内のネプリライシン活性が低下すると、アミロイドβが蓄積し、アルツハイマー病リスクが高まる可能性が示唆されています。
つまり「脳ではネプリライシンが年齢とともに減ることが問題」なのに対し、「皮膚ではネプリライシンが増えることが問題」という、臓器によってまったく逆の現象が起きているわけです。同じ酵素が、臓器ごとに異なる「老化の主役」を演じているという事実は、非常に興味深いですね。
美容的な示唆として注目したいのは、ドーパミンとネプリライシンの関係です。2024年8月に理化学研究所が発表した研究では、ドーパミンがネプリライシンによるアミロイドβ分解を制御することが明らかになりました。ドーパミンは「幸せホルモン」とも呼ばれ、好きなことをしたり達成感を感じたりするときに分泌されます。楽しい運動や趣味が認知機能保護に関わる可能性があるという研究です。
肌と脳は別々に老化しているわけではなく、共通の酵素を通じてつながっているかもしれない。この視点を持つと、アンチエイジングの意味が「肌ケア」という枠を超えて広がってきます。
【理化学研究所】ドーパミンによるアミロイドβ分解機構の発見(ネプリライシンの脳内制御メカニズム、2024年8月発表)
ここまでの内容を踏まえて、日常で実践できる具体的なアクションをまとめます。
まず最優先は、UVBカットの徹底です。ネプリライシンを増やす最大の引き金はUVB照射です。SPF30以上・PA++以上の日焼け止めを、季節を問わず毎朝塗ること。雨の日や曇りの日でも、UVBは地表に届いています。特に4月〜9月は晴天日のUVB量が最大になるため、この期間の対策が最も重要です。
次に、スキンケア成分の見直しです。レチノール・水添レチノール配合の美容液やクリームは、ネプリライシン抑制という観点からも有効です。ただし、レチノール系は肌への刺激が出やすい成分でもあるため、初めて使う際は低濃度(0.025%〜0.1%程度)から始め、肌の様子を見ながら使用頻度を上げていくのが安全です。敏感肌の方はナイアシンアミドとの組み合わせで、刺激を和らげながらシワ対策を行う方法がおすすめです。
食事・運動面では、ポリフェノールを多く含む食品(緑茶、ベリー類、ダークチョコレートなど)を日常的に取り入れること、週3回以上の有酸素運動を継続することが、ブラジキニンを通じた血行促進とネプリライシン関連のシグナル抑制の両面でプラスに働きます。
最後に、これらすべての土台となるのは質の良い睡眠です。睡眠中に分泌される成長ホルモンが線維芽細胞の修復・再生を促します。「早寝をすると肌が良くなる」という感覚は、線維芽細胞の回復という科学的な根拠があります。
睡眠が基本です。
| 対策カテゴリ | 具体的なアクション | 期待できる効果 |
|---|---|---|
| 🌞 紫外線対策 | 通年でSPF30以上の日焼け止めを使用 | IL-1α分泌を抑えネプリライシン増加を防ぐ |
| 🧴 スキンケア | 水添レチノール・ナイアシンアミド配合アイテムを活用 | ネプリライシンの発現抑制・コラーゲン産生促進 |
| 🏃 運動 | 週3回以上の有酸素運動(30分程度) | ブラジキニン放出による血行促進・肌血色向上 |
| 🥗 食事 | 緑茶・ベリー類などポリフェノール豊富な食品 | ERK/JNK/AP-1シグナルの抑制に寄与 |
| 😴 睡眠 | 7〜8時間の質の高い睡眠 | 成長ホルモン分泌→線維芽細胞の修復促進 |
ここまで読んでいただくと、「ネプリライシン」と「ブラジキニン」という2つの物質が、美容の文脈でいかに重要な存在かがわかると思います。単に「コラーゲンを補う」「保湿する」というレベルを超えた、皮膚老化の分子レベルのメカニズムを理解することが、より効果的なケアへの第一歩です。
「シワ対策=コラーゲン補充」だと思っていた人は多いはずです。しかしネプリライシンの研究が明らかにしたのは、コラーゲンと同等かそれ以上に重要な「エラスチン線維の保護」というアプローチです。エラスチンが失われれば、コラーゲンがいくらあっても皮膚はしっかり支えられないからです。
ブラジキニンについても同様です。「血行を良くすれば肌が元気になる」という直感的な理解は正しいのですが、それを担う物質の一つがブラジキニンであり、そのブラジキニンがネプリライシンに分解されるという連鎖を知ると、ネプリライシンを増やさないことの重要性がより実感を持って理解できます。
肌ケアの「解像度」が上がると、何を選べばいいかが明確になります。
この情報は確実に肌ケアに役立つはずです。
今日から、スキンケアの棚に並んだ製品の成分表示に「水添レチノール」「ナイアシンアミド」という文字を探してみてください。そして年間を通じた日焼け止めの習慣を一つ追加してみましょう。それだけで、数年後の肌の見え方が少しずつ変わってくるはずです。
【J-Global(JST)】皮膚のしわとたるみの紫外線照射誘発形成の基礎と生物学的メカニズム(ネプリライシンとUVAの関係を含む研究)