

毎日のスキンケアで肌をゴシゴシこすると、かえって肌が若返ると思っていませんか?ファンケルの研究では、衛生用マスクや洋服など「日常的な摩擦」を感じていると答えた人が約97%に達し、その摩擦がTRPV1を過剰に活性化してコラーゲン分解酵素(MMP-2、MMP-9)の分泌を促し、シワ・たるみを加速させることが明らかになっています。
「唐辛子を食べると口の中が熱くなる」——この当たり前の感覚の裏側に、2021年のノーベル生理学・医学賞を受賞するほどの重大な発見が隠れていました。
1997年、カリフォルニア大学サンフランシスコ校(UCSF)のDavid Julius(デイヴィッド・ジュリアス)教授のチームは、唐辛子の辛味成分「カプサイシン」が結合するタンパク質を特定することに成功しました。これが「TRPV1(トリップ・ブイワン)」です。正式名称は「Transient Receptor Potential Vanilloid 1(一過性受容体電位バニロイド1型)」といい、細胞膜に存在するイオンチャネルの一種です。
TRPV1の最大の特徴は、温度と化学刺激の両方に反応する二刀流センサーである点です。43℃以上の有害な熱刺激を感知するほか、カプサイシンのような化学物質、さらに強い酸(低pH)によっても活性化します。カプサイシンを含む唐辛子を食べたとき「熱い!」と感じるのは、実際の温度ではなく、このTRPV1が「熱いのと同じ信号」を脳に送っているからです。つまり「辛い」は「痛い・熱い」と同じ回路を使っている、ということですね。
この発見がノーベル賞に値する理由は、「どうやって生物は温度を感じるのか」という根本的な謎を解いたからです。TRPV1発見以前、温度感覚の分子的な仕組みはほとんど解明されていませんでした。Julius教授はこの受容体発見で2021年のノーベル生理学・医学賞を、アーデム・パタプティアン(Ardem Patapoutian)教授と共同受賞しています。
美容の観点から見ると、TRPV1は「肌の敏感さを左右する中心的なスイッチ」として特別な意味を持ちます。皮膚の神経細胞に豊富に存在しており、ヒリヒリ・チクチクといった不快な刺激感を脳に伝達する役割を担っています。
生理学研究所プレスリリース:TRPV1の薬剤阻害メカニズム解明(2024年8月)
TRPV1は、より大きな「TRP(トリップ)チャネル」ファミリーの一員です。TRPチャネル全体は「五感(視覚・聴覚・嗅覚・味覚・触覚)とは別の、温度と化学刺激を感じ取る感覚センサー」として働いており、昆虫からヒトまであらゆる生物に存在します。
TRPチャネルには現在28種類以上の種類が知られており、感知する温度帯が異なります。
| チャネル名 | 活性化温度 | 主な刺激 |
|---|---|---|
| TRPV1 | 43℃以上(熱・痛み) | カプサイシン、酸 |
| TRPV3 | 31〜39℃(温かい) | カンフル、ユーカリ |
| TRPM8 | 28℃以下(冷たい) | メントール(ミント) |
| TRPA1 | 17℃以下(冷痛) | ワサビ、からし |
この表が示すように、わさびの辛さや、ミントの清涼感も、TRPチャネルが「温度として」処理しているわけです。
これは使えそうですね。
スキンケア製品の「温感」「冷感」効果も、まさにこのメカニズムを利用しています。
マンダムは2005年から20年以上にわたってTRPチャネル研究に取り組んでおり、ヘアケア・ボディケア・スキンケア各分野への応用を続けています。2025年10月にはTRPチャネルの環境応答メカニズムを解明し、温度とpHによってTRPV1の感受性が変化することを発表しました。
マンダム:五感とは違う感覚センサー TRP(トリップ)チャネル研究解説ページ
TRPV1は神経細胞だけでなく、皮膚の表皮細胞(ケラチノサイト)にも存在しています。ここが美容にとって非常に重要なポイントです。
TRPV1が肌で活性化されると、以下の連鎖反応が起きます。
この「自覚のない慢性炎症」こそが、スキンケアで見落とされがちな肌老化の正体です。夕方になると朝より肌がくすんで疲れた印象になるのは、実は気のせいではなく、日中の刺激による炎症が蓄積されている証拠である可能性があります。
肌老化の原因は「加齢」と思いがちですが、実は約80%は紫外線による「光老化」と言われています。
この光老化もTRPV1を介しています。
紫外線(UVB)を浴びた皮膚細胞が産生する物質がTRPV1を活性化し、神経伸長因子のバランスを乱すことで、肌がさらに過敏な状態になるのです。
これが基本です。
マンダム:美肌のカギを握るTRPチャネルと「自覚のない炎症」の関係
「マスクを外したとき、肌がヒリヒリする」「肌着の生地が当たる部分が赤くなる」——こうした経験がある方は、TRPV1が過剰に活性化されているサインかもしれません。
ファンケルが2023年に発表した研究は、日常の摩擦がどれほど肌にダメージを与えるかを数値で示した点で注目されます。20代から60代の138人(女性115人)を対象にした調査で、約97%の人が日常的に何らかの摩擦刺激を感じていたという事実は驚異的です。
この研究では、摩擦の強度を「平均動摩擦係数」で測定し、2段階に分類しました。
- 低摩擦刺激(動摩擦係数0.32):衛生用マスク・肌着に相当
- 中摩擦刺激(動摩擦係数0.98):あかすりミトンなど硬い物質に相当
低摩擦刺激であっても、繰り返し摩擦を与えると皮膚のTRPV1・TRPV2の遺伝子発現が「有意に増加」しました。つまり、肌が「より敏感になる」方向にスイッチが切り替わるということです。さらに中摩擦刺激では、コラーゲン分解酵素(MMP-2・MMP-9)の分泌が増加し、基底膜の4型・7型コラーゲンが目に見えて減少したことも確認されています。
意外ですね。毎日の洗顔でタオルをゴシゴシ当てたり、花粉の季節に何度も鼻をかんだりする行為が、積み重なってシワやたるみを引き起こすことになります。こうした摩擦への対策として、素材が柔らかいシルクや天然コットンのフェイスタオル・マスクを選ぶだけでも、TRPV1への刺激を物理的に減らすことができます。
ファンケル研究発表:日常の継続的な摩擦刺激が皮膚の敏感性を高め老化を促進するメカニズム(2023年)
TRPV1を活性化させる刺激は「触れるもの」だけではありません。マンダムが2025年のIFSCC(国際化粧品技術者会連盟)カンヌ大会で発表した研究では、大気中微粒子(PM2.5)と紫外線(UVB)がTRPV1を介して肌を過敏化させるメカニズムが明らかになりました。
PM2.5は直径2.5マイクロメートル以下の超微小粒子で、通常のフィルターでは除去できないほど細かく、皮膚バリアをすり抜けて表皮細胞(ケラチノサイト)に直接作用します。東京など都市部の大気PM2.5濃度は季節によっては世界保健機関(WHO)の目安値(年平均5μg/m³)を超えることも珍しくなく、肌への影響は決して他人事ではありません。
研究によると、PM2.5とUVBを皮膚組織・ケラチノサイトに曝露すると、次の変化が起きます。
- TRPV1を活性化する物質が皮膚内で産生される
- 神経伸長因子(NGF系)の発現バランスが崩れ、TRPV1を持つ神経が皮膚の浅い層へ伸びてくる
- 結果として、少しの刺激でもヒリヒリ・チクチクを感じやすい「過敏肌」が形成される
「なんとなく最近肌が過敏になった気がする」という状態は、TRPチャネルレベルで変化が起きている可能性があります。紫外線ケアが基本ですが、それだけでは不十分かもしれません。PM2.5が多い日(大気汚染情報サイトや天気アプリで確認可能)には、バリア機能を高める保湿を丁寧に行い、帰宅後すぐにぬるめのお湯(40℃程度)で顔を洗い流すことが、TRPV1の不必要な活性化を防ぐうえで有効です。
「温感」をうたうスキンケア製品は多くありますが、その仕組みには大きく2種類あります。
ここが重要です。
①TRPV1系(辛み・熱刺激タイプ)
成分例:トウガラシ果実エキス、バニリルブチル、ジンジャー(生姜)エキスなど。これらはTRPV1を直接活性化し、「熱い」という感覚を作り出します。実際の温度変化は起きていませんが、肌の神経が「熱い」と認識します。敏感肌の方には刺激が強く、肌トラブルの原因になる可能性があります。
②非TRPV1系(血行促進タイプ)
成分例:カフェイン、ニコチン酸誘導体、よもぎエキスなど。血行促進によって肌温度を実際に上昇させるタイプです。TRPV1への直接刺激がないため、敏感肌でも比較的使いやすいです。
成分表示で「トウガラシ果実エキス」「カプサイシン」「バニリルブチル」を見つけたら、それはTRPV1系の温感成分です。痛いですね——特にヒリヒリしやすい肌や施術後の肌には刺激が強すぎる場合があります。温感コスメを選ぶ際は、成分表示を確認して「どちらの温感なのか」を見極めることが大切です。
TRPV1を活性化させるだけでなく、「抑制する」アプローチが敏感肌ケアの最前線に登場しています。
マンダムは2025年10月、名古屋市立大学の富永真琴特任教授(TRPV1研究の世界的権威)との共同研究により、約2,700種の天然由来化合物のスクリーニングを実施。その中から、特定の成分を含むカミツレ(カモミール/Chamomilla recutita)エキスにTRPV1を安定的に抑制する作用があることを発見しました。
この研究の注目点は、実際の人間への効果も確認されている点です。敏感肌の被験者を対象に、このカミツレエキスを配合したローションを8週間連用したところ、刺激感に対する感受性が有意に低下しました。つまり、8週間のケアで「肌がヒリヒリしにくくなる」という変化が起きたということですね。
カミツレ(カモミール)はもともと抗炎症・鎮静成分として化粧品に広く使われてきた植物です。しかし今回の発見により、その作用が「TRPV1を介した神経レベルの鎮静」によるものである可能性が科学的に裏付けられました。
成分表示で「カミツレ花エキス」「カモミラエキス」「Chamomilla recutita extract」を含む製品は、TRPV1の過剰な反応を穏やかにするポテンシャルを持っていると考えられます。敏感肌ケアを選ぶ際の参考にしてみてください。
マンダムプレスリリース:特定のカミツレエキスにTRPV1抑制効果を発見、敏感肌への新たな可能性(2025年10月)
「ヒリヒリする肌にメントール配合の化粧水を使ったら落ち着いた」という経験を持つ方もいるかもしれません。これは気のせいではなく、TRPV1とTRPM8の相互作用によって説明できます。
TRPM8は「冷感受容体」として知られ、28℃以下の冷たい温度やメントールによって活性化します。マンダムの研究では、メントールがTRPM8を活性化するだけでなく、TRPV1の活性を抑制するという相互作用があることが明らかになっています。2021年5月の発表では、メントール誘導体である「L-メンチルグリセリルエーテル」がTRPV1の活性を抑制し、不快刺激が少なく持続的な清涼感を生み出すことが確認されています。
TRPM8とTRPV1は、言わば「熱い」と「冷たい」を担う対をなす受容体です。メントールがTRPM8をONにしながらTRPV1をOFFにするという「ダブルアクション」は、肌の炎症感・ヒリヒリ感の鎮静に理にかなったアプローチと言えます。
また、TRPM8はTRPV1と同様に加齢とともに機能が低下することが知られています。肌が年々乾燥しやすくなったり、むくみやすくなったりするのは、TRPV1・TRPM8といった感覚センサーの機能低下が背景にある可能性があります。冷感・温感の「切り替え機能」を維持することが、エイジングケアの新しい切り口になるかもしれません。
美容業界ではコラーゲンを「増やす」アプローチが主流ですが、TRPV1研究は「コラーゲンを壊さない」方向からのアプローチが同等かそれ以上に重要だという視点を与えてくれます。
ファンケルの研究が示したように、TRPV1が慢性的に過活性化された状態では、コラーゲン分解酵素(MMP-2、MMP-9)が継続的に分泌されます。これはコラーゲンを注入したり、コラーゲン産生を促進するビタミンC誘導体を使ったりしても、一方で分解が進み続けることを意味します。つまり、TRPV1の鎮静なしにコラーゲンを増やすのは「バケツの穴をふさがずに水を注ぎ続ける」ようなものです。
コラーゲンが条件です——それを壊すトリガーであるTRPV1の過剰な活性化を防いでこそ、スキンケアの効果が最大化されます。
具体的には、次の3つを「コラーゲン保護」の観点で見直すことが有効です。
TRPV1・TRPチャネル研究は、ノーベル賞受賞をきっかけに化粧品業界での応用が急速に進んでいます。
マンダムは2005年から継続してTRPチャネル研究を行い、ヘアケア製品の低刺激化・フレグランス製品の清涼感設計・スキンケアの敏感肌対応など幅広く活用しています。2025年には「TRPチャネルの環境応答メカニズム」を解明し、温度とpHによって感受性が変化するという新知見を20年分の研究成果として発表しました。
ポーラ化成工業もTRPV4チャネルに着目し、皮膚での働きの解明に貢献しています。TRPV4は体温域(35〜38℃)で活性化するタイプで、皮膚の恒常性維持やバリア機能に関わることが示されており、保湿・バリアケア製品への応用が期待されています。
研究の社会的意義は化粧品にとどまりません。TRPV1を標的にした医療向け鎮痛薬(SAF312)がレーシック術後の角膜疼痛治療で臨床治験フェーズIIの段階にあり、2024年の生理学研究所・名古屋市立大学の研究では、この薬がTRPV1を阻害する原子レベルのメカニズムが明らかになりました。ノーベル賞から生まれた基礎研究が、医療と美容の両輪で私たちの肌を変えようとしています。
PR TIMES:ポーラ化成工業によるTRPV4チャネル研究の発表(2021年)
ここまでの内容を踏まえると、TRPV1を「敵」にしないスキンケアのポイントが見えてきます。
難しく考える必要はありません。
日々の習慣を少し変えるだけで、肌センサーに優しいケアができます。
🌡️ 洗顔・クレンジング:温度と摩擦に注意
TRPV1は43℃以上で活性化します。洗顔のお湯は38〜40℃(体温+数度程度)が理想的です。また、タオルで顔をゴシゴシこするのではなく、やさしく押さえる「ポンポン拭き」に変えるだけで摩擦によるTRPV1活性化を大幅に減らせます。
🌿 化粧水・美容液:TRPV1抑制成分をチェック
成分表示で注目したいのは「カミツレ花エキス(カモミラエキス)」「ナイアシンアミド」「グリチルリチン酸2K」などの鎮静・抗炎症成分です。これらはTRPV1の過剰な反応を穏やかにし、肌の慢性炎症を予防します。
🛁 入浴:TRPM4を活性化させる35℃の湯船
マンダムの研究では、TRPM4(炎症を抑えるTRPチャネル)は35℃前後の温度で活性化することが分かっています。就寝1時間前に38〜40℃の湯船にゆっくり浸かることで、一日の肌炎症をリセットしやすい状態をつくれます。
☀️ 日中:UVBとPM2.5の対策は美容の最優先事項
「紫外線対策は日焼け止めだけ」では不十分かもしれません。PM2.5が多い日は帰宅後すぐに洗顔し、バリアを強化するセラミド・ヒアルロン酸配合の保湿剤で肌を即座にケアすることが、TRPV1の過活性化を防ぐ最短ルートです。
TRPV1研究にはほとんど取り上げられない、美容に応用できる興味深い性質があります。それが「脱感作(desensitization)」です。
脱感作とは、TRPV1が継続的に刺激を受け続けると、一時的に「反応を止める」状態になる現象です。カプサイシンを皮膚に繰り返し塗布すると、最初はヒリヒリするのに徐々に感じにくくなるのはこのためです。これを利用したのが、カプサイシン配合の鎮痛パッチ(疼痛治療薬)であり、欧米では一部の神経障害性疼痛治療に承認されています。
美容への応用という意味では、この脱感作の仕組みを「過剰なTRPV1反応をリセットする」ツールとして研究している機関もあります。ただし、カプサイシンの直接使用は刺激が強すぎるリスクもあるため、カミツレエキスのような植物由来のアンタゴニスト(拮抗薬)による穏やかな「TRPV1チューニング」の方が、美容目的には現実的です。
2024年に生理学研究所が発表した研究では、TRPV1阻害剤SAF312がコレステロールとの複合体を形成しながらチャネルを閉じるメカニズムが解明されました。コレステロールがTRPV1機能を抑制するというこの発見は、今後「コレステロール様成分を利用した新しい鎮静コスメ」の開発につながる可能性を示しています。まだ実用化はされていませんが、数年以内に市場に出てくるかもしれません。